蕎麦湯を飲む/さらり、とろりの蕎麦湯といぼ湯
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作成日時 : 2008/06/12 18:51
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蕎麦を手繰り終える頃合いを見計らって出て来た熱い蕎麦湯。猪口に残った汁に薬味の葱をひとつまみ加え蕎麦湯を注ぎ入れる。すうっとすすれば口中に広がる出汁の旨味と鼻に抜けてゆく香り。次は蕎麦湯だけを猪口に注ぎそのこっくりとした甘味を楽しむ。そしてまた徳利に残しておいた汁を蕎麦湯でおもいきりのばして味わう。主役の蕎麦を食べ終えてから出される蕎麦湯なれど、これは「もうひとつのご馳走」です。
「あーおいしかった」と蕎麦を食べ終えてからの楽しみは、なんといっても蕎麦湯です。
丁寧に作られた「力」のあるもり汁なら、蕎麦湯で薄めても間延する事なく味わえます。
また、汁の真価は蕎麦湯で割った時にこそはっきりと現れるものでもあります。
なぜ蕎麦湯を飲むのか? おいしいからでしょう。なぜおいしいのでしょうか?
蕎麦湯に蕎麦の栄養分が溶け出しているからなのです。
蕎麦のたんぱく質とビタミン類の多くは水溶性で釜で茹でている間にかなりの量が茹で湯に溶け出してしまいます。蕎麦湯を飲むという事はこの溶け出した栄養分を補給する意味で、昔からの知恵でもあるのです。
こんな理由から本来の蕎麦湯は茹で釜の湯を汲んで飲むものですが、蕎麦を茹でるのに茹で湯が余りどろどろとしているとうまく茹でられませんので、この蕎麦湯は必然的にさらりとしていなければいけません。
最近は粉を別に溶いてとろりとした蕎麦湯を出したりします。このタイプの蕎麦湯を『蕎麦のポタージュ』と称する方もいらっしゃるくらいで、店でお出しすると喜ばれる方が多くなりました。
作り方はいたって簡単です。
打ち粉(またはさらしな粉)を少量用意します。
まず少量の水で溶いてから器に入れ、湯を注いで撹拌します。
または、鍋に粉を入れ、少量の水で溶いた後に水を加えてから沸かしても良いでしょう。
いずれにせよ一旦水溶きしたほうが、ダマにならずに作れます。
直接、粉に湯を注ぐとダマになってしまいます。けれども、このダマになった蕎麦粉を喫する味わいかたがあります。これを『疣(いぼ)湯』といいます。
温めた器に少量の蕎麦粉を入れ熱い湯を注ぐだけ。
蕎麦粉がポコッポコッと浮いてきます。これを喫するわけで飲むというより食べるというよりやはり、喫するです。
湯の味わいを最上の味覚と捉えた「茶の心」に通じる、どことなく、そこはかとなく哲学的な『疣湯』であります。
修業先の店では来店されたお客様に水やお茶を出さずに最初に蕎麦湯をお出ししていました。たとえば三名様のご来店ですと花番(接客係)から「三名様湯桶一本」と声がかかって三人分見当の蕎麦湯を湯桶に汲んでは運んでいたものです。昔風の粋さがありました。
数年後にデパート店でこれをやってみたのですが、あまりにお客様が多く、釜の湯があっという間に無くなってしまうので、肝心の蕎麦を茹でる事ができず、直ぐに止めてしまいました。
「すは鎌倉」=「素(何も無い)は釜から」のしゃれなのかどうかしりませんが、蕎麦湯を「鎌倉」という方もいらっしゃいまして、これもデパート店の頃、店の若い娘が「店長! お客さんが鎌倉くれっていってますけれど、なんなんですか〜」と困っていた事もありましたっけ。
疣湯の甘味を作ってみたのがこの『甘いぼ湯』です。
れんげの中身は『サーバ』というイタリアの甘味料。黒蜜でも代用出来ます。
疣湯に溶き入れて飲みます。
トランプ遊びに夢中になり、小腹がへって蕎麦を食べに行ったおり、先輩のひとりが「ソバユ〜くださーい」といって、もらった何かを汁に入れて飲んでいる。その場で訊くのもからかわれそうで知っている素振り。家に帰ってさっそく母に「ソバユ〜」とは如何なるものかを質したところ「蕎麦の茹で汁」との答えに驚いた私が、その時17才でした。その歳まで蕎麦湯をまったく知らなかったわけで、そんな私が今は蕎麦を生業にしていると思うと人生、どんな方向から吹いてくる風に乗って今ここの場所にたどりついたのか、自分ながらおもしろいような気もいたします。
先日、この先輩と同窓会で久しぶりに会いました。
この「ロマンは蕎麦にあり」の記事を良く見ていてくれるそうで「お前の蕎麦の話、結構ためになるよ」と褒めていただきました。(最初のきっかけはあんたの「ソバユ〜くださーい」なんだけど)心の中でクスっと微笑んでいる私でした。
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